プロローグ 名前の半分
【海斗|2030/07/07 Sun|Rain|プラネタリウム準備室】
午後3時。
相沢海斗の指先に、紙の端がある。
焦げた封筒。宛名の半分が、炭に食われて消えている。
相沢く
その先は、黒い。焦げ跡の境界は不規則で、「く」の字の右上が欠けかけている。あと数ミリ燃えていれば、「く」も消えていた。

海斗は知っている。ここに何が書いてあったか。
相沢くん。
丸い字。「く」の曲がり方が少し大きくて、「ん」の最後が小さく跳ねている。十五歳の少女が、ペンを握る手に力を入れすぎて、でもなるべく丁寧に、一画ずつ書いた字。
海斗はその筆跡を、二十年間、誰にも見せていない。
窓の外で雨が降り始めた。7月7日。またしても、七夕は雨だ。気象庁の統計では、東京の七夕が晴れる確率は約二割だという。海斗はその数字を知っている。プラネタリウムの解説員として、毎年この時期に「七夕と天気」の豆知識をパンフレットに書くからだ。
今年も書いた。「七夕は雨が多いですが、星は雲の上でいつも輝いています」当たり障りのない言葉だ。嘘ではない。でも、本当のことを言っているわけでもない。
海斗は封筒をデスクの引き出しにしまった。引き出しを閉めるとき、指が少し遅れる。毎年、同じだ。七月になるとこの封筒を取り出して、眺めて、しまう。取り出すときより、しまうときのほうが時間がかかる。指が重い。引き出しの奥に押し込むとき、封筒の端が引き出しの縁に引っかかって、海斗はいつもそれを直す。丁寧に、奥へ。そして、閉める。

準備室は薄暗かった。蛍光灯は一本切れたままで、もう三ヶ月になる。事務の田中さんに言えば替えてもらえるのだが、海斗は言っていない。薄暗いほうが落ち着く。窓から入る雨の日の灰色の光と、生き残っている蛍光灯一本分の白い光。その二色で十分だった。
部屋はドームの裏手にある。壁の向こうが客席だ。上映中は、壁越しに投影機のモーターの低い振動が伝わってくる。ぶぅん、という、骨に届くような音。今は止まっている。静かだ。準備室には機材用の潤滑油の匂いと、古い紙の匂いが混じっている。何年も前のプログラム冊子が棚に積まれていて、その紙が湿気を吸って、甘い匂いを出す。図書室の匂いに似ている。
デスクの上にはパソコンと書類、冷めたコーヒーの入ったマグカップ。マグカップには「湊市プラネタリウム 開館30周年」と印刷されている。もらいもの。三年前の記念品。取っ手の部分が少し欠けている。
今日の上映プログラムは「織姫と彦星──七夕特集」午後4時から。あと一時間。

海斗は準備室を出て、ドームに入った。まだ客は入っていない。百二十席。布張りのリクライニングシート。座面が少しすり減っている。一番前の列の三番席は、子どもが菓子をこぼした跡がうっすら残っている。
投影機は部屋の中央にある。ダンベル型。両端の球体が、二つの半球の星空をそれぞれ受け持つ。表面に無数の小さな穴が開いていて、その一つ一つが星に対応している。海斗はポケットから布を出して、レンズを拭いた。メガネ拭きと同じ素材の、柔らかい布。レンズの曲面に指が沿う。円を描くように、中心から外へ。拭くたびにレンズが少しだけ温まる。指の体温が移る。
これが日課だった。誰に言われたわけでもない。マニュアルにも書いていない。海斗が勝手にやっていることだ。レンズが汚れていると、映る星がぼやける。ぼやけた星は、嫌だった。
毎年この時期になると、海斗はこのプログラムを担当する。希望したわけではない。館長の松田さんが「相沢くん、七夕の解説うまいから」と言って、海斗は断る理由を見つけられなかった。うまいのではない。ただ、淡々とやっているだけだ。感情を込めないほうが、声は安定する。
解説原稿は先週のうちに書き上げてある。「織姫星はこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイル──」毎年ほとんど同じ内容だ。星は変わらない。変わるのは、海斗のほうだ。
冷めたコーヒーを一口飲んだ。苦い。砂糖を入れ忘れた。いつもは入れる。今日は忘れた。7月7日だからだ。この日はいつも、何かが少しずれる。コーヒーに砂糖を入れ忘れ、靴下の左右が違い、駅の改札でICカードの残高が足りなくて止められる。体が、この日を覚えているのだ。頭とは別のところで。

窓を打つ雨音が、準備室に染みてくる。
雨の音を聞くと、記憶が揺れる。
雨の昇降口。放課後。薄暗い下駄箱の並び。コンクリートの床に溜まった雨水。外は灰色で、視界の端で雨脚が白く光っている。
その手前に、少女が立っている。
傘を持っている。透明な傘。
差し出そうとしている。
思い出すたびに、記憶の輪郭が少しずつ歪んでいく。あの日の雨は激しかったのか、霧雨だったのか。海斗は最初、激しかったと記憶していた。何年か前から、霧雨だったような気もしてきた。音が変わったのだ。記憶の中の雨音が、バラバラという打撃音から、サーッという摩擦音に変わった。どちらが本当かはわからない。
傘を差し出した手は右手だったか、左手だったか。それも、もうわからない。

海斗は引き出しにもう一度手を伸ばしかけた。封筒を取り出して、もう一度見ようとした。指が取っ手に触れた。冷たかった。そのまま、止まった。
やめた。引き出しから手を離した。指の腹に、取っ手の金属の冷たさが残った。
二十年かけて、記憶は摩耗するのではなく、変形する。角が取れるのではなく、角の位置が動く。
ただ、一つだけ。
桜井陽菜は死んだ。2010年7月22日、十五歳で。
そして海斗は、彼女にさよならを言えなかった。
これだけが、変形しない。
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